「トースターに忘れもの」
GWを終えたばかりの暖かな春の昼下がり。とんとんと扉をたたく音がして顔を上げると、父の声がした。
昼食のパスタを食べ終え、ベッドの上でゴロゴロとYoutubeを見ていた私は父の言葉に「しまった」と思った。昨夜食べなかったカニクリームコロッケを温めていたことをすっかり忘れていた。
昼のツナマヨパスタが思ったよりお腹に溜まっており、これ以上は入りそうにない。
「いい。あとで食べるからほうっておいて」
扉越しにそう返事をすると、
「持ってきた」
と父の声。ベッドから出るのも面倒なので、聞こえないふりをして、しばらくそのままyoutubeを見ていたが、数秒経っても扉の向こうにいる父は引き下がる気配がない。
「持ってきた」
もう一度、声がした。こうなると受け取るまで、父はどかないだろうし、断っても「持ってきた」としか返事をされない気がしたので、しぶしぶベッドをでた。
扉を開けると、ぬぅっと父の手が目の前に差し出され、
「ん。持ってきた」
と言った父の手のひらに、アルミホイルにくるまれたカニクリームコロッケがあった。
「ありがとう」
一応礼を言って扉を閉める。アルミホイルを開きコロッケに触れると、パン粉はパサつき、すっかり冷めていた。
皿にのせるわけでもなく、温めなおすわけでもなく、私がトースターの中に入れたものを本当にそのままに持ってきてくれたのだ。
ため息をつきながらベッドに戻ると、キッチンから「チン」とトースターの音がした。
あぁ昼食にパンを温めたかったのね。
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