珍しくアイスを食べていた時のことだ。チョコレートの塗られた重厚な味わいのコーンが、唾液にまみれて柔らかくなり歯にまとわりついていた。次の一口のために、歯茎にひっつくコーンをはがそうと、舌で口の中を一周していると、ツルっ、何やら硬くて滑らかな質感のものが上にスライドする感覚があった。
コーンじゃない。コーンは唾液にまみれてしんなりしている。
何気なく、歯に挟まったコーンを噛むと、同時に「じゃりっ」と音がした。一度すべてのコーンを飲み込み、改めて舌で口の中を検めると、何やら鼻につく味が口中に広がった。知っている。この味は、歯医者で詰め物をしてもらっている時に味わうあれだ。
恐る恐る手鏡で口の中を覗くと、奥歯が縦にスコッと欠けていた。中から、詰め物の橙色が覗いている。
すぐに近所の歯医者を予約し、週明けに見てもらうことになった。
歯が欠けるのは人生で二度目だ。以前は下の前歯が欠けた。殴り合いの喧嘩をしたわけでも、不注意でどこかにぶつかったわけでもない。朝起きて、乾いた口の中で舌を回していると、ぽろっと静かに前歯が倒れた。
ホテルの朝食で出されるマーガリンとジャムが一体になったプラスチック容器をぱきんと折って開けるよりも、ドミノで最初の一枚を倒すよりも優しい力で、歯は欠けた。
私は歯ぎしりをする癖がある。歯ぎしりはストレスの度合いや、酔いの度合いに比例して激しくなる。一番ひどかった時は、歯ぎしりのし過ぎで耳が痛くなり「痛っ」という自分の声で目を覚ましたこともある。
また、仕事を辞めて以降、お酒の飲みすぎで嘔吐することがしばしばあった。嘔吐の過程で逆流してくる胃酸は、歯を溶かす成分が含まれているそうな(私は医学に明るくないので、間違っていたら申し訳ございません。嘔吐の成分についてネットで調べたときに出てきた、どこかの病院のHPにて知った情報です)。
何が歯が欠けた直接の原因かは私にはわからないが、まだ二十代だというのに、こんなにも歯は欠けるものだろうか。
歯ぎしりが原因なら、歯ぎしりしないようにマウスピースか何かを使った方が良いだろう。
歯が欠けて以降、欠けていない側(右)の歯だけを使って食事をしているが、すぐに顎が疲れる。食べづらくってしょうがない。
歯が欠けてから4日。なぜ歯が欠けたのか、私の歯は老後までもつのか、気づくと歯のことを考えている。
そのせいか、歯が欠けて2日目には酔っぱらった勢いで、「医療認可品」と書かれたデンタルミラーを買ってしまった。
昨日など、酔いが深くなると、それまで見ていたアニメを消してデンタルミラーと手鏡を用意し、自分の口の中を見ながら酒を飲む始末。酔っぱらっている時は大真面目なのだが、翌朝に焼酎の空き缶と一緒にデンタルミラーと手鏡が乱雑にテーブルに広げられている様子を見ると、うんざりしてしまった。
ただ、口の中を見ていると新たな発見もあるもので、以前虫歯だと思っていた黒澄みが実は銀歯の一部が見えているだけであったり、これまで舌でしか感じたことのなかった親知らずがすくすくと成長していることを確認できたりした。
親知らずは、元々生えていた2本の永久歯のちょうど間からひょっこりと顔を出しており、3本の歯がトライアングルを描く様は、まるで小さなブーケのようでかわいらしかった。凹凸のある歯の形が、余計に花らしく見せるのだろう。
せっかく買ったからには、定期的に口腔内を点検して、自前の歯と永いお付き合いができるように心がけたいものだ。

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