晩御飯の買い物でスーパーを訪れたときのこと。あまりの人混みにうんざりして、ほかの家族より一足先に外に出てケンケン(我が家のミニチュアシュナウザー)とベンチに座っていると、
「シュナちゃんですか?」
と、突然に声をかけられた。ふっと顔を上げると、目鼻立ちのしっかりした綺麗なご婦人が立っている。
「あ、はい」
答えると、「まぁ素敵」と品のあるお言葉。改めて見ると、その女性も白とグレーの混じった犬を連れている。
「この子も半分シュナなんです」
女性は言った。突然のことに困惑していた私は「あ、そうなんですね」とつまらない返事しかできず、そうしている間にももう1人、犬を連れた人がやっていきた。
「あらぁ、シュナちゃんですか?」
女性は、新たにやってきた女性に向かって、同じ問いかけをする。見てみると、その女性も縮れ毛の小さな犬を連れている。
「あ、はい」
「うちの子も半分シュナなんですよ」
「そうなんですね、もう半分はなんですか?」
そこからは、その二人の会話が展開され、私はというとどう入ってよいかわからずにあたふた。ただ、ほかのわんこに興味津々なケンケンの様子をただじっと見守った。
ケンケンはこれまであまりほかの犬と交流をさせてこなかったので、吠えるのでは、怖がるのでは、と懸念していたが、私の不安とは裏腹に好奇心丸出しでほかのわんことの交流を楽しんでいる。しっぽまでふって。その様子がとても可愛かった。私とは違って友好的なもんである。
「それでは」
私がまったく会話に入れないまま、女性たちは会釈をしあってその場を離れた。私にも挨拶はしてくれたものの、胸の内にはまともに世間話すらできない自分への情けなさがこみ上げた。
帰宅後、母にその話をすると、
「もしかして、声かけてきた女性って黒いTシャツ着ていた?」
と、聞かれた。
「どうだったかな、金髪で、目鼻立ちがくっきりしているきれいな人だったってことしか覚えていないから。どうして?」
「いやね、パパもベンチでケンケンと待っていた時に声をかけられたらしいのよ。シュナウザーですか、って」
「へぇ、パパも」
「うん。無視したらしいけどね。寝たふりかなんかして」
その後、母が父に声をかけてきた女性の特徴を確認したらしいが、父は顔も髪の色も、どんな犬を連れていたかも覚えてはいなかった。
世間話ができないことで落ち込んでいた私だったが、そもそも応えることすらしていなかった父の姿を想像したら、そういう生き方もあるか、と気が楽になった。
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